松江文化の先駆者の一人。
コラムの第1回目の予定は、「松江縁人」代表のJUNYA OGAWA氏。このマチでお店を始めて20年。東京と松江をリアルタイムにつないでいくこと、楽しいことを続けていることなど、さまざま語っていただきました。
文、写真:荒木彰浩(松江縁人編集長)
最初の仕事は市役所。
荒木彰浩(以下:A)
いつもお話ししてるんでなんとなく恥ずかしいですけど、今日はよろしくお願いいたします。
小川純也(以下:O)
本当にね。いつも通りでお願いしますね。
A)
まず始めにお仕事の経歴を教えてもらえますか?
O)
高校卒業してから最初の仕事は松江市役所!害虫駆除してました。松食虫駆除の空中散布とか。ヘリコプターで!その後は、遺跡発掘とかだね。2年ぐらい
A)
へえーそうだったんですね。その後洋服屋さんですか?
O)
その後に。米子資本の洋服屋さんで2年ぐらいだね。あとインドネシアにいって雑貨を仕入れて「ガドガド」オープンですよ。
松江市学園「insect」
手狭になったら広げる!
A)
ちょうど、僕が高校生ぐらいの時ですね。「ガドガド」懐かしいなあ。お店始めようとしたキッカケって?
O)
洋服屋をやろうと思ったけど、仕入れるノウハウがなかったんですよ。とりあえず雑貨のほうから洋服へいければと思いました。とりあえずお金もってバリとかアジア方面回って仕入れては売ってみたいな感じだね。そのうち4年ぐらいするとブランドが増えてきたんでインセクトを立ち上げたんですよ。でもその頃からスタイル(精神)とかは全くかわってないよね。手狭になったら広げる、手狭になれば広げるという感じかな。結果としては店舗が増えることになったんだけどね。

A)
そういえば大きなキッカケはね,,,とにかく自分の好きなものやりたかったんですよ。あとは「原宿ゴールドラッシュ」かな?
ピンクドラゴンの社長の山崎さんを描いた本が一番影響があったかな。当時は若者のバイブル的なものだったしね。生き方とかスタイルとかものすごく影響受けて、その空気感みたいなものをこっちに持ってきたかったんですよ。
A)
その頃の原宿ってすごかったんですよね。
O)
最近も原宿ってもりあがっていたけど、その時代はとにかく空気感がすごかったんですよね。空気感を松江に持ってきたかったんですよね。
東京とのリアルタイム。
A)
小川さんが目指していることって、東京とか、アメリカとかとのリアルタイム感ですよね。
O)
そうだね。物価とかは違うけどとにかく東京とリアルタイムにしたかったんですよ。東京でも手に入りにくいものを島根で届けることができればという思いは強かったですね。多分サプライズが好きなんだよね。それは、商品にしても、店舗のデザインとかさまざまことでもね。でも今は情報があふれているんで、大変ですよ。
A)
ですよね。今の時代ってすぐにお店できちゃうし、仕事に対する概念が違いますよね。
O)
そうそう、概念というか、情報もすぐに手に入るし、国も個人起業を進めているから昔に比べると、安易にお店が出せるんだけど。市場に認めてもらえた上に、自分の色を出すのって本当に難しいからね。20年やってみるといろいろわかるんだけど(笑)

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